マーケットメイク戦略(実現可能性調査)¶
概要¶
マーケットメイクは、売り気配と買い気配の両方に指値注文を同時に提示し、Bid-Askスプレッドを収益源とする戦略である。市場に流動性を提供する対価としてスプレッド収益を獲得する [1][2]。
本ドキュメントでは、堀新取引所経由の商品先物データを分析した結果、個人投資家による本戦略の実行は困難であるとの結論に至った。以下にその根拠を示す。
理論的背景¶
マーケットメイカーは市場マイクロストラクチャー理論における流動性提供者として機能する。Bid-Askスプレッドは (1) 在庫リスクへの補償、(2) 逆選択リスクへの補償、(3) 注文処理コストの3要素で構成される [1][3]。
低流動性市場ではスプレッドが広く、理論上の収益機会が大きい一方、逆選択リスクも高くなる。Kyle (1985) モデルでは、情報を持つトレーダーの存在がマーケットメイカーのコストを増大させることが示されている [4]。
制度面の制約¶
JPX公式マーケットメイカー制度¶
大阪取引所は商品先物の一部銘柄にマーケットメイカー制度を導入しているが、参加資格は取引参加者(証券会社・商品取引員)に限定されており、個人投資家は参加できない [5]。
項目 |
内容 |
|---|---|
対象 |
大阪取引所が指定する先物・オプション銘柄 |
参加資格 |
取引参加者のみ |
義務 |
売呼値・買呼値の継続的提示 |
インセンティブ |
手数料減免等 |
個人投資家の選択肢¶
個人投資家が疑似マーケットメイク(両サイド指値注文)を行うことは制度上禁止されていないが、公式マーケットメイカーが持つ手数料優遇やコロケーション接続がなく、構造的に不利である。
データ分析: スプレッドと板厚¶
板情報スプレッド一覧(2026年2月25日 09:49時点)¶
data/orderbook.json から算出した主要商品のスプレッド:
商品 |
限月 |
スプレッド |
対価格比 |
板厚(Ask/Bid) |
出来高 |
|---|---|---|---|---|---|
金 |
202612 |
5円 |
0.019% |
1/2 |
10,263 |
金 |
202702 |
6円 |
0.022% |
3/63 |
1,248 |
金限日 |
207912 |
9円 |
0.034% |
2/1 |
964 |
白金 |
202612 |
9円 |
0.084% |
1/2 |
2,144 |
白金限日 |
207912 |
84円 |
0.778% |
2/1 |
2,179 |
原油 |
202607 |
40円 |
0.060% |
1/2 |
288 |
ゴムRSS3 |
202607 |
0.7円 |
0.187% |
3/4 |
114 |
堂島金 |
207912 |
369円 |
0.140% |
2/9 |
3,474 |
板厚の問題¶
全商品でBest Bid/Askの板厚は1〜3枚が主流。金202612でもAskに1枚、Bidに2枚のみ。自分の注文1枚を追加するだけで板の33〜50%を占め、他の参加者に検知されやすい。
データ参照¶
板情報:
data/orderbook.json(全24商品・全限月のbest_ask,best_bid,best_ask_size,best_bid_size)
データ分析: ティックデータ¶
約定頻度とRoll推定スプレッド¶
data/csv/ のティックデータ(最大400ティック)を分析した結果:
商品 |
約定間隔(中央値) |
Roll推定スプレッド |
最大瞬間変動 |
価格レンジ |
|---|---|---|---|---|
金 202612 |
3.0秒 |
2.54円 |
21円 |
55円 (0.21%) |
金 202702 |
5.0秒 |
2.80円 |
11円 |
53円 (0.20%) |
金ミニ 202612 |
10.0秒 |
7.19円 |
26.5円 |
257円 (0.96%) |
金限日 |
57.0秒 |
15.70円 |
21円 |
474円 (1.78%) |
白金 202612 |
7.0秒 |
— |
20円 |
182円 (1.68%) |
白金限日 |
73.0秒 |
— |
28円 |
528円 (4.92%) |
原油 202607 |
73.0秒 |
34.20円 |
100円 |
980円 (1.48%) |
ゴムRSS3 202607 |
45.0秒 |
0.10円 |
10.7円 |
17円 (4.65%) |
堂島金 |
98.0秒 |
81.22円 |
640円 |
3,640円 (1.38%) |
Roll推定スプレッドは、連続するティック価格変化の自己共分散から実効的なBid-Askスプレッドを推定する手法である [6]。金202612でRoll推定2.54円に対し板情報の実スプレッドは5円であり、板の内側で頻繁に約定が発生していることを示す。
データ参照¶
ティックデータ:
data/csv/{商品名}_{限月}_tick.csv(Tick値、出来高)1分足データ:
data/csv/{商品名}_{限月}_1min.csv(OHLCV)
データ分析: 時間帯別出来高¶
金 202612 の1分足ボリュームプロファイル¶
data/csv/金_202612_1min.csv(1,200バー)を分析:
時間帯 |
平均出来高/分 |
平均レンジ/分 |
MM適性 |
|---|---|---|---|
08-10時(寄付〜前場) |
25〜26枚 |
10〜16円 |
ボラ高、逆選択大 |
17-18時(夜間立会開始) |
推定10〜15枚 |
推定8〜12円 |
中程度 |
21-01時(NY時間帯) |
6〜8枚 |
7〜8円 |
出来高低下 |
02-05時(深夜帯) |
3〜5枚 |
4〜5円 |
低ボラだが約定困難 |
コスト構造分析¶
手数料とスプレッド損益分岐¶
商品 |
取引単位 |
呼値 |
1tick値 |
手数料RT |
抜け幅(日計り) |
板スプレッド(tick) |
理論利益/RT |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
金標準 |
1000g |
1円 |
1,000円 |
1,980円 |
2tick |
5 tick |
3,020円 |
金ミニ |
100g |
0.5円 |
50円 |
387円 |
8tick |
66 tick |
2,913円 |
金限日 |
100g |
1円 |
100円 |
387円 |
4tick |
9 tick |
513円 |
白金標準 |
500g |
1円 |
500円 |
1,980円 |
4tick |
9 tick |
2,520円 |
原油 |
50kl |
10円 |
500円 |
1,980円 |
4tick |
4 tick |
20円 |
ゴムRSS3 |
5000kg |
0.1円 |
500円 |
1,012円 |
3tick |
7 tick |
2,488円 |
堂島金 |
1g |
1円 |
1円 |
88円 |
88tick |
369 tick |
281円 |
理論利益/RT = (板スプレッドtick数 × 1tick値) − 往復手数料。これはBidで約定後Askで約定が完全に成功した場合の理論値であり、実際の約定率は大幅に低い。
Note
手数料RTは主要ネット証券の日計り取引手数料(2026年2月時点)を使用。手数料体系は証券会社ごとに異なるため、利用する証券会社の手数料表で確認すること。
シミュレーション結果¶
実ティックデータで簡易マーケットメイクシミュレーションを実行した。tick rule [8] で約定方向を推定し、スプレッド獲得を試みた。損切りは逆行3倍スプレッドで設定。
商品 |
ペア完成 |
逆選択損切り |
勝率 |
累積損益 |
最大DD |
|---|---|---|---|---|---|
金 202612 |
21 |
6 |
77.8% |
+540円 |
52,720円 |
白金 202612 |
23 |
7 |
76.7% |
-41,400円 |
56,220円 |
金限日 |
36 |
31 |
53.7% |
-71,329円 |
71,329円 |
原油 202607 |
31 |
15 |
67.4% |
-59,580円 |
67,020円 |
ゴムRSS3 202607 |
11 |
11 |
50.0% |
-94,264円 |
104,740円 |
堂島金 |
18 |
4 |
81.8% |
+2,541円 |
4,999円 |
勝率は50〜82%だが、逆選択による損切り1回の損失がスプレッド収益数回分を上回り、6商品中4商品が赤字となった。
リスク要因¶
逆選択(Adverse Selection)¶
ティックデータの分析で、金202612において同一秒内に21円(21tick)の急変動が確認された。情報を持つトレーダーが動く局面では、マーケットメイカーの指値注文が不利な方向でのみ約定し、在庫損失が発生する。
在庫リスクと解消時間¶
約定間隔の中央値が金202612で3秒と最も短いが、ポジション偏りが発生した場合、スプレッド内での反対約定を待つ必要がある。価格が一方向に動いている局面では在庫解消に数分〜数十分を要し、その間のリスクが累積する。
即時約定可能値幅¶
金標準先物の即時約定可能値幅は直近約定値段の上下40円(40tick)[7]。急激な価格変動時に指値注文が一気に約定し、大きな損失につながる。
夜間ギャップリスク¶
取引時間は日中立会8:45〜15:45、夜間立会17:00〜翌6:00(約21時間)。CME金先物の動きにより、セッション間のギャップが発生する。
総合評価¶
評価項目 |
判定 |
根拠 |
|---|---|---|
制度面 |
不可 |
JPX公式MMは取引参加者限定 |
理論的スプレッド収益 |
限定的 |
金202612で理論利益3,020円/RT が理論最大 |
シミュレーション損益 |
赤字傾向 |
6商品中4商品が赤字 |
約定頻度 |
不十分 |
金202612以外は分単位の間隔 |
板厚 |
極めて薄い |
全商品でBest Bid/Ask 1-3枚 |
最大瞬間変動 |
高い |
金で同秒内21円変動 |
結論: 当市場環境では、個人投資家によるマーケットメイク戦略は推奨しない。
代替戦略の提案¶
板情報とオーダーフローのデータは、マーケットメイクではなく以下の用途で活用することを推奨する:
オーダーフロー分析(オーダーブック・オーダーフロー分析): Bid/Ask不均衡を方向性判断の補助指標として使用
スプレッド取引(スプレッド取引): 金の期近/期先スプレッド(5〜172円)を利用したカレンダースプレッド
ボラティリティ戦略(ボラティリティ戦略): 深夜帯の低ボラ環境でのスクイーズ戦略
出典¶
Glosten, L.R. and Milgrom, P.R. “Bid, Ask and Transaction Prices in a Specialist Market with Heterogeneously Informed Traders”. Journal of Financial Economics, 14(1), 1985. https://doi.org/10.1016/0304-405X(85)90044-3
Chakraborty, T. and Kearns, M. “Market Making and Mean Reversion”. University of Pennsylvania, 2011. https://www.cis.upenn.edu/~mkearns/papers/marketmaking.pdf
Stoll, H.R. “The Supply of Dealer Services in Securities Markets”. Journal of Finance, 33(4), 1978. https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.1978.tb03397.x
Kyle, A.S. “Continuous Auctions and Insider Trading”. Econometrica, 53(6), 1985. https://doi.org/10.2307/1913210
“マーケットメイカー制度”. 日本取引所グループ. https://www.jpx.co.jp/derivatives/rules/market-maker/index.html
Roll, R. “A Simple Implicit Measure of the Effective Bid-Ask Spread in an Efficient Market”. Journal of Finance, 39(4), 1984. https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.1984.tb03897.x
“即時約定可能値幅制度”. 日本取引所グループ. https://www.jpx.co.jp/derivatives/rules/price-range/
Lee, C.M.C. and Ready, M.J. “Inferring Trade Direction from Intraday Data”. Journal of Finance, 46(2), 1991. https://doi.org/10.1111/j.1540-6261.1991.tb02683.x
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